宮島・山口旅行記 一日目(2017/09/21)


■出発
  羽田空港7:05発ANA631便に搭乗。
  荷物確認とのことで7分遅れの7:12出発。

  岩国錦帯橋空港には
  12分遅れの8:52に到着しました。

  岩国飛行場は
  アメリカ海兵隊と海上自衛隊による
  運用が行われてきましたが、
  平成24年に民間機の定期便が就航し、
  軍民共用空港となりました。
  (その際、岩国錦帯橋空港という
   愛称が付けられました)

  今回のレンタカーはマツダのデミオ。
ANA631便 マツダ デミオ


  まずは空港から近い錦帯橋に向かいます。


■錦帯橋
  岩国市の錦川に架かる五連の木造橋。
  長さ193.3m。幅員5.0m。
  国の名勝に指定され、
  日本三名橋や日本三大奇橋に数えられています。
  
  錦帯橋は延宝元年(1673年)、
  第三代岩国藩主・吉川広嘉公により創建されました。

  翌年の延宝2年(1674年)、洪水によって流出。
  すぐに改良を加えて再建されると、
  定期的に架け替えを繰り返しながら
  276年もの間、流出することなく威容を保ってきました。

  昭和25年(1950年)、
  キジア台風の洪水で流失しましたが、
  3年後の昭和28年(1953年)に再建。
  現在の橋は平成18年に修復されたものです。

  構造としては
  五つの木造の橋が連なる形となっており、
  中央三連は迫持式といわれるアーチ構造、
  両側の二つの橋は反りを持った桁橋構造と
  なっています。

  迫持式は両側の橋脚から
  11の桁を順次ずらして迫り出していき、
  中央部に棟木を入れるという組木の技法です。
  桁は巻金という帯鉄で束ねて固定されています。


中央の山上にある建物は岩国城




 
岩国城

錦帯橋全景


  続いて、日本三景「安芸の宮島」へ。


  宮島口からフェリーで宮島に向かいます。

  宮島松大汽船とJR西日本宮島フェリーの
  二つのフェリーがありますが、
  JR西日本宮島フェリーを選択。

  宮島口から宮島に向かう際、
  JRフェリーは桟橋間を真っ直ぐに結ばず、
  少し大回りして嚴島神社の大鳥居の近くを
  通ってくれるのです。

  所要時間はほとんど変わらないので、
  観光で訪れる人にはオススメです。

  宮島に着くと桟橋前広場には
  平清盛公像や日本三景碑などがありました。

フェリーから嚴島神社を望む

世界遺産登録記念碑
穴の向こうに大鳥居が見えます

平清盛公像

日本三景碑


  嚴島神社に向かう道中には
  鹿さんがたくさんいます。

  愛らしいのですが、
  宮島の鹿さんにはエサをあげてはいけません。
  野生へ戻すため、エサやりが禁止されているのです。
  エサを求めてすり寄ってくる鹿さんもいるのですが、
  ごめんね~


  大鳥居が近づいてきて、いよいよ嚴島神社社殿へ。
■嚴島神社
  ユネスコ世界文化遺産(平成8年登録)。

  御祭神は、
  市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、
  田心姫命(たごりひめのみこと)、
  湍津姫命(たぎつひめのみこと)。

  社殿の大半は潮干潟の上に建てられ、
  潮が満ちてくると海に浮かんだ姿となる
  日本でも珍しい神社です。

  廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は
  平安時代の寝殿造の粋を極めた建築美として知られ、
  海面にそびえる朱塗りの大鳥居は厳島神社の
  シンボルとなっています。

  古代から主峰である弥山が崇敬の対象となり、
  島全体がご神体として崇められていたので、
  陸地では畏れ多いとのことで
  現在の地に社殿が建てられました。

  社伝では、推古天皇元年(593年)に
  この地の有力豪族・佐伯鞍職(さえきのくらもと)が
  社殿造営の神託を受けて創建したのがはじまりと
  されています。

  その後、安芸守に任官された平清盛公が
  平家の守護神として尊崇し、
  仁安3年(1168年)に寝殿造の様式を取り入れて
  造営したのが現在の社殿の礎となっています。

  社殿は、本社(本殿、幣殿、拝殿、祓殿)のほか、
  摂社客神社、朝座屋、高舞台、平舞台、火焼前、
  摂社左門客神社、摂社右門客神社、左楽房、右楽房、
  摂社大国神社、摂社天神社、能舞台、能楽屋、
  東廻廊、西廻廊、反橋、長橋、揚水橋、内侍橋の
  建物構造群からなっています。
大鳥居(国指定重要文化財)

神社入口(切妻造り)

摂社客神社祓殿(国宝)
摂社客神社拝殿・幣殿・本殿(国宝)
                           御祭神:天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
                                天穂日命(あめのほひのみこと)
                                天津彦根命(あまつひこねのみこと)
                                活津彦根命(いくつひこねのみこと)
                                熊野櫲樟日命(くまのくすびのみこと)

東回廊(国宝)

朝座屋(国指定重要文化財)
社家・供僧・内侍らが祭典・会合の折に集まったところ
枡形(摂社客神社祓殿と東廻廊で囲まれたところ)

摂社右門客神社(左)と右楽房(右)
(いずれも国宝)

御祭神:櫛磐窓神(くしいわまどのかみ)
左楽房(左)と摂社左門客神社(右)
(いずれも国宝)
御祭神:豊磐窓神(とよいわまどのかみ)
右門客神社と左門客神社は覆屋内に流造の社殿があります
楽房は舞楽の際に楽器を演奏するところ
高舞台(手前)と本社祓殿(奥)
(いずれも国宝)
高舞台は舞楽の奉納などに使用されます
本社(左より祓殿、拝殿、幣殿、本殿)
(いずれも国宝)
中央は西回廊(国宝)
火焼前(国宝)
管絃祭の出御・還御が行われます
摂社大国神社(国指定重要文化財)
御祭神:大国主命(おおくにぬしのみこと)
摂社天神社(国指定重要文化財)
御祭神:菅原道真公
能舞台(国指定重要文化財)

能楽屋(国指定重要文化財)

反橋(国指定重要文化財)

西廻廊(国宝)
床板は高潮時の水圧を逃がすため、隙間を空けて張られています
実は二重床になっていて、磨滅防止のために
本来の床板の上に保護板が張られています
神社出口(唐破風造り)





■清盛神社
  嚴島神社の境外末社。
  昭和29年(1954年)創建。
  御祭神は平清盛公。

  嚴島神社を海に浮かぶ寝殿造の社として
  現在の規模にまで造営させ、
  宮島の美しい景観と繁栄の礎を築いた
  清盛公の偉大な功績を称えて
  没後770年を記念して創建されました。

  西の松原と呼ばれる砂州にあり、
  朱塗りの鳥居と小さな社があります。


嚴島神社から少し離れた場所にあるため、
訪れる人もほとんどなく、
ひっそりとして寂しい感じでした。


■大願寺
  本尊嚴島弁財天は日本三弁財天の一つ。

  開基は不明。
  建仁年間(1201~1203年)に
  僧・了海により再興されたと伝えられています。

  明治元年(1868年)の神仏分離令までは
  多くの社寺の修理造営を掌っていました。

  慶応2年(1866年)の第二次長州征討の際には、
  幕府方の勝海舟と長州藩の広沢真臣・井上馨が
  ここで講和会談をしました。


昼食の前にもみじ饅頭の店へ。


もみじ饅頭の基本は「こしあん」ですが、
「つぶあん」も売っている「岩村もみじ屋」へ。

ここのお店は「こしあん」「つぶあん」のみ。
明治末期の創業以来、
あんこにこだわったお店です。

つぶあんのもみじ饅頭は初めて食べましたが、
こんなにおいしいもみじ饅頭は初めてでした。

ちなみに、つぶあんのもみじ饅頭は
昭和34年(昭和9年)に
高松宮殿下が宮島を訪問された際、
つぶあん入りが作れないかと
この店の初代店主に所望されたのが
きっかけで誕生したそうです。


■昼食
  表参道商店街にある「焼きがきのはやし」。
  60年以上焼がきにこだわり続けたお店です。

  宮島の対岸に位置する地御前地区で育てられた
  良質の牡蠣が使用されています。

  私が「穴子」、妻が「牡蠣」と
  食べたいものが違ったので
  両方が味わえるこの店になりました。

  少し行列ができていましたが、
  10分くらいで案内されました。

  私は「穴子飯」、妻は「かき三景定食」を注文。
  かき三景定食は、
  焼がき、生がき、カキフライ、かきめしが
  セットになった逸品です。

  おいしくいただきました。
生がき(かき三景定食)

カキフライ、かきめし(かき三景定食)

焼きがき(かき三景定食)


穴子飯


■豊国神社
  嚴島神社末社。
  国指定重要文化財。

  天正15年(1587年)、
  豊臣秀吉公が千部経の転読供養をするため
  政僧・安国寺恵瓊に建立を命じた大経堂。
  畳857枚分の広さがあることから
  「千畳閣」と呼ばれてきました。

  秀吉公の急死によって工事が中止されたため、
  御神座の上以外は天井が張られておらず、
  板壁もない未完成のままの状態で
  現在に至っています。

  明治の神仏分離令により仏像は大願寺に遷され、
  秀吉公と加藤清正公を祀る豊国神社となりました。
豊国神社本殿内部

隣接する五重塔(右画像)
(国指定重要文化財)
応永14年(1407年)建立



■世界一の大杓子
  長さ:7.7m、最大幅:2.7m、重さ:2.5t。
  材質:ケヤキ(樹齢270年、長さ13m)。

  伝統工芸である宮島細工を後世に遺すとともに、
  杓子発祥の地である宮島のシンボルとして
  昭和58年に制作されました。

  宮島杓子は、寛政年間(1789~1801年)に
  主たる産業がなかった宮島のために
  僧・誓真が嚴島弁財天の持つ琵琶と形の似た
  「杓子」を御山の神木で作り、
  宮島参拝のお土産として売り出すことを
  島民に勧めたことが始まりといわれています。


続いて、
「揚げもみじ」を食べるために「紅葉堂」へ。

「チーズ」と「クリーム」を注文。

「クリーム」は熱々でとてもおいしかったです。
「チーズ」は作り置きっぽくて、チーズが固めでした。
揚げたてだとチーズがトロっとしているそうです。

チーズを食べるなら、少し待ちますが、
行列ができていて揚げたてが食べられる時を
狙っていったほうがいいと思います。


潮が引いてきたようなので、大鳥居に向かいます。

途中で神馬舎と鏡の池を見ました。
神馬舎
数十年前までここで白馬が飼われていたそうです

東回廊の側にある「鏡の池」
干潮の時にしか見ることができない池です
ここ以外に揚水橋と長橋の側にもあります


■嚴島神社大鳥居
  国指定重要文化財。

  現在の大鳥居は
  明治8年(1875年)に再建されたもので、
  平清盛公の造営時から八代目とされています。

  棟の高さ16.6m、棟の長さ24.2m、柱間10.9m、
  主柱周り9.9m、総重量は約60t。

  根元は海底深く埋められているわけではなく、
  自分の重みだけで建っています。

  島木と笠木が箱状の構造になっており、
  内部に拳大の石が多数詰め込まれていて、
  その重みによって自立し、
  風や波に耐えるようになっているのです。


けっこう歩いて疲れてきたので、
大鳥居の見えるCafe Lenteでしばしの休息。

3年前にオープンした比較的新しい店です。

「パイナップルジュース」と
「グレープフルーツジュース」を注文。

冷たくてとてもおいしかったです。


疲れを癒したところで、
今日の宿泊地、新山口に向かいます。

フェリーで宮島口に向かい、
レンタカーで山陽道をひた走ります。


■本日のお宿
  新山口駅前にある「コンフォートホテル新山口」。

  駅から徒歩1分の好立地にあり、
  付加価値の高い機能的な設備を有した
  お客様の快適さを徹底的に追求したホテルです。


■夕食
  ホテル近くにある「遊食酒家 がまぐち」。

  山口が誇る美味しい旬の食材を
  元魚屋の料理長が自らの目で厳選して
  毎日仕入れているお店です。

  予約しなくても大丈夫かと思いきや、
  ぎりぎりカウンターに空席があるという
  状況でした。

  山口産のものを優先して注文。

  ・萩 瀬付あじ刺身
    山口県のブランド魚。
    回遊性のアジと違い、
    天然礁(瀬)に住みついたアジであるため、
    豊富で良質なエサをたっぷり食べ、
    脂がのってふっくら肉厚なのが特徴。
  ・仙崎 さば刺身
    仙崎港の巻き網船が獲った新鮮なサバ。
  ・長州鶏のあぶり焼き
    ストレスを受けにくい「平飼い」を行い、
    合成抗菌剤や抗生物質を使用しない飼料で
    飼育された健康的な鶏。
    さらに肉の風味を良くするため、
    3種のハーブを飼料にブレンド。
  ・長萩和牛たたき
    萩生まれ萩育ちの黒毛和牛。
    良質な脂肪酸が多く含まれ、
    他の和牛に比べて脂肪質の融点が低いため、
    口に入れた瞬間にとろけるような食感を
    味わえるのが特徴。
  ・下関 ふく一夜干し
    言わずもがな下関の名物「フグ」。
    下関では「福」にあやかり、
    「ふく」と呼ばれています。
  ・ホタルイカの沖漬け
    妻が食べたいと言ったので注文。
まずはキリン一番搾り「山口に乾杯」で乾杯

萩 瀬付あじ刺身 仙崎 さば刺身
長州鶏のあぶり焼き 長萩和牛たたき
下関 ふく一夜干し ホタルイカの沖漬け



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