京都旅行記 一日目(2013/12/01)


■出発
  新横浜6:34発、のぞみ3号に乗車。
  指定席は満席。
  車窓からは雪化粧した富士山がきれいに見えました。
  約2時間の乗車で8:29に京都駅到着。

  公共交通機関での移動がメインになるので、
  市営地下鉄・市バスなどが乗り放題になる京都観光二日乗車券を購入。

  地下鉄とバスを乗り継ぎ、まずは永観堂に向かいます。



■永観堂
  通称・永観堂で知られている禅林寺は、浄土宗西山禅林寺派の総本山。
  山号は聖衆来迎山、院号は無量寿院。

  東山のふもとに立ち、
  別名「もみじの永観堂」と呼ばれるほど秋の紅葉が有名。
  紅葉は境内に約3,000本あるといわれ、
  晩秋に境内の木々が燃えるように赤く染まる様は圧巻です。

  広い境内には山を負うように諸堂が並び、
  釈迦堂や御影堂など多くの建物が回廊で結ばれています。

  仁寿3年(853年)、空海の弟子・真紹僧都が山荘を譲り受け、
  尊像を安置して真言宗の道場としたのが始まり。
  貞観5年(863年)、清和天皇より定額寺としての勅許と
  「禅林寺」の寺号を賜わって公認の寺院となりました。

  承暦年間(1077-81年)には第七世法主・永観律師が入寺し、
  浄土念仏道場としました。
  この永観律師にちなみ、永観堂と呼ばれるようになりました。
  (「永観」堂は「えいかん」ですが、「永観」律師は「ようかん」と読みます)

  本尊の阿弥陀如来立像は顔を斜め後ろに向けた特異な姿の像で、
  「みかえり阿弥陀」として知られています。
  総門
  天保11年(1840年)建立
中門(京都府指定有形文化財)
延享元年(1744年)建立



  画仙堂
  大正3年(1914年)建立


唐門(京都府指定有形文化財)
文化8年(1811年)再建
勅使(天皇の使い)を迎えるための門
勅使は手前の盛り砂を踏んで身を清めました




多宝塔
昭和3年(1928年)建立





■昼食
  続いて南禅寺・・・の前に、南禅寺といえば湯豆腐ということで、
  「総本家ゆどうふ奥丹 南禅寺」へ。

  寛永12年(1635年)創業。
  最も古くから湯豆腐を供す店として有名であり、
  江戸時代から南禅寺の参拝客をもてなしてきました。

  行列ができる店なので早めに店に向かいます。
  10:35頃に着きましたが(11:00開店)、すでにかなりの行列。
  段階的に入店していき、11:10に入店できました。

  お品書きは「ゆどうふ一通り」のみ。
  「湯どうふ」「木の芽田楽」「精進天ぷら」「胡麻どうふ」
  「とろろ汁」「御飯」「香の物」のセット。
  華やかさはありませんが、歴史を感じさせる品々です。

  湯豆腐はダシをかけて食べますが、
  上品な味なので豆腐本来の味を感じることができます。
  豆腐はうどんと同様、冷たいものよりも暖かいもののほうが
  食材そのものの味が感じられておいしいと思いました。

  湯豆腐以外では木の芽田楽が一番おいしかったです。
  胡麻どうふ

とろろ汁

木の芽田楽

湯どうふ



精進天ぷら


  御飯・香の物

■南禅寺
  臨済宗南禅寺派の大本山。
  山号は瑞龍山、寺号は太平興国南禅禅寺。
  京都五山および鎌倉五山の上位におかれる別格扱いの寺院で、
  日本の全ての禅寺の中で最も高い格式を誇ります。

  京都でも屈指の紅葉の名所である東山山麓にあり、
  晩秋には約15万㎡という広大な境内が紅葉一色となります。
  歌舞伎「楼門五三桐」で石川五右衛門が「絶景かな絶景かな・・・」と
  見得を切るシーンで有名な三門は、
  市内に点在する紅葉が一望できる絶景ポイントです。

  開創は正応4年(1291年)、
  亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)を開山(初代住職)に迎えて、
  離宮・禅林寺殿を寺に改めて龍安山禅林禅寺としたのが始まり。
  創建時の建物は大火により焼失したため、
  現在の伽羅は桃山時代以降に再建されたものです。
  三門(国指定重要文化財)
  寛永5年(1628年)再建

三門楼上より法堂を望む

三門楼上より京都市街を望む




法堂
明治42年(1909年)再建




■南禅院
  南禅寺法堂の南方に位置する南禅寺の別院。
  亀山上皇(のちに法皇)の離宮・禅林寺殿があった所で、
  南禅寺発祥の地といわれています。
  門前には琵琶湖疏水事業の一環として建設された
  水路閣が通っています。

  方丈は元禄16年(1703年)に
  桂昌院(徳川五代将軍・綱吉公の母)により再建されたもので、
  総桧の入母屋造こけら葺き。

  庭園は鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、
  周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣があります。
  京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されるとともに、
  国の史跡および名勝に指定されています。
   方丈












  門前にある水路閣
  国指定史跡、京都市指定史跡
  国認定近代化産業遺産


■天授庵
  JR東海の2013年秋「そうだ 京都、行こう。」キャンペーンの舞台。
  境内には枯山水と池泉回遊式の2つの庭園があり、
  紅葉の時期には赤・橙・黄のグラデーションが鮮やかです。

  南禅寺の開山(初代住職)・無関普門禅師を祀る開山塔として、
  暦応2年(1339年)、虎関師錬が光厳天皇の勅許を得て翌年建立。
  戦国時代に衰退しましたが、慶長7年(1602年)、
  武将で歌人としても知られる細川幽斎によって再興されました。
  JR東海のポスター風に・・・

枯山水庭園

池泉回遊式庭園


  続いて清水寺方面に向かいます。

  地下鉄蹴上駅に向かう途中で
  インクライン(傾斜鉄道)跡を見学。


■蹴上インクライン
  インクラインとは、山腹などの傾斜となった路面で
  貨物を運搬するための鉄道のこと。

  この京都のインクラインは舟を運ぶための鉄道でした。
  琵琶湖疏水の大津から宇治川に至る20.2kmの舟運ルートの途中、
  水路落差のある2ヶ所に敷設され、
  蹴上インクラインは延長581.8mで世界最長でした。

  明治23年(1890年)に完成、昭和26年(1951年)休止。
  西欧技術が導入されて間もない当時、
  日本人のみの手で設計・施工され、
  日本で初めての技術も数多く採用されました。

  近代化産業遺産として認定、京都市や国の史跡にも指定されています。
船ごと台車に載せて運びました


  地下鉄・バスを乗り継ぎ、清水寺近くに到着。
  まずは一休みのために甘味処「かさぎ屋」へ。


■かさぎ屋
  「甘党の素通り出来ぬ二寧坂」と詠まれた二寧坂にあります。
  大正3年(1914年)創業。
  大正時代の画家・竹久夢二もよく訪れたという老舗です。
  創業からほとんどメニューを変えず、
  自ら吟味した材料で手作りの伝統の味を守り続けています。

  一番人気の「三色おはぎ」を注文。
  つぶあん、こしあん、白あん(夏はきなこ)の三種が味わえます。
  小豆は丹波産大納言を使用、つぶあんの粒のツヤがすばらしい。
  ちょどいい感じの甘さで、あんこ好きの私も大満足。
  おいしくいただきました。
二寧坂(二年坂)
  産寧坂(三年坂)・清水坂を通り、清水寺へ。


■清水寺
  「清水の舞台」で知られる京都屈指の観光名所。
  ユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして
  登録されています。

  山号は音羽山で、北法相宗の大本山。
  宝亀9年(778年)延鎮上人が開山、
  延暦17年(798年)坂上田村麻呂の創建と伝えられています。

  本堂(清水の舞台)の下は錦雲渓と呼ばれる渓谷で、
  枝を絡ませたカエデの木々が見事に紅葉します。
  奥の院から望む鮮やかな紅葉と荘厳な本堂との調和が見事です。

  東山・音羽山の中腹に広がる約13万㎡の境内には、
  国宝・重要文化財を含む15の伽藍が建ち並びます。
  伽羅は康平6年(1063年)の火災以来、寛永6年(1629年)の焼失まで、
  記録に残るだけで9回の焼失を繰り返しており、
  本堂を含め他の諸堂の多くが寛永10年(1633年)前後に、
  徳川三代将軍・家光公によって再建されました。

  清水の舞台は、もともと御本尊の観音さまに芸能を奉納する場所で、
  平安時代から雅楽や能、狂言、歌舞伎、相撲など、
  さまざまな芸能が奉納されてきました。
  現在でも重要な法会には舞台奉納が行われています。
  産寧坂(三年坂)

  仁王門(国指定重要文化財)
  室町時代(15世紀末)再建
  三重塔(国指定重要文化財)
  寛永9年(1632年)再建
子安塔(国指定重要文化財)
明応9年(1500年)再建

  本堂(国宝)
  寛永10年(1633年)再建

清水の舞台を下から





■坂本龍馬・中岡慎太郎墓所
  慶応3年(1867年)、京都河原町の近江屋にて襲撃された
  坂本龍馬と中岡慎太郎が京都霊山護国神社に眠っています。
  二人を慕う人は今なお多く、墓前には常に新しい花が供えられており、
  龍馬の命日である11月15日には龍馬祭が開かれています。

  京都霊山護国神社は、明治維新の実現のために活躍した
  志士たちの霊を祀るため、明治元年(1868年)、
  明治天皇の詔により創建された日本初の官祭招魂社。
  当初の社号は「霊山官祭招魂社」。
  昭和14年(1939年)、「京都霊山護国神社」に改称。

  坂本龍馬や中岡慎太郎のほかに、木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、
  真木和泉守、吉村寅太郎、武市半平太ら幕末勤王の志士1,356柱、
  明治以降の日清・日露・太平洋戦争などの戦死者を合わせ、
  約73,000柱が祭神として祀られています。
  坂本龍馬と中岡慎太郎

左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎の墓石



墓前からは京都市街が一望できます


  日が暮れてきたので紅葉のライトアップに向かいます。
  維新の道を下り、高台寺へ。

  その前に、
  高台寺・掌美術館・圓徳院3ヶ所共通割引拝観券を購入するために
  高台寺向かいの圓徳院へ。

  この共通拝観券さえあれば、
  高台寺の拝観券購入待ちの大行列に並ばなくとも
  高台寺にスムーズに入ることができます。
  (圓徳院の行列はほとんどありません)

  高台寺単独の拝観券を購入するよりも300円高くなりますが、
  長蛇の列に長時間並ぶより精神的によろしいかと思います。


   高台寺に向かう途中の京都らしい風景
  通称「八坂の塔」(法観寺の五重塔)

  (国指定重要文化財)
  永享12年(1440年)再建


■高台寺
  京都の紅葉スポットの中でも非常に人気があるところ。
  幻想的なライトアップの夜間特別拝観では、
  境内が幽玄な雰囲気に包まれます。
  中でも赤や黄に染まった紅葉が鏡のような水面に映り込む臥龍池が
  神秘的で一番のおすすめ夜景スポットです。

  高台寺では竹林もライトアップされており、
  闇夜に照らされる竹林が幻想的で美しいと評判です。

  宗派は臨済宗建仁寺派。
  山号は鷲峰山、寺号は正式には高台寿聖禅寺。

  豊臣秀吉公の正室・北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が
  慶長11年(1606年)、秀吉公の菩提を弔うために開創。
  寛永元年(1624年)、建仁寺の三江和尚を開山として迎え、
  高台寺と号しました。

  造営に際して徳川初代将軍・家康公は、
  当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行なったので、
  伽藍は壮麗を極めたと伝えられています。
  しかし、度重なる火災で伽藍の大半を焼失。
  難を逃れた霊屋、開山堂、茶室の傘亭および時雨亭、観月台、
  表門などが国の重要文化財に指定されています。
  また、池泉回遊式庭園は史跡・名勝に指定されています。



  水面に映った紅葉(臥龍池)

臥龍池

   
北政所の眠る霊屋(国指定重要文化財)

   
  本日の観光はこれにて終了。

  円山公園、八坂神社を抜けて祇園へ。
  さらに、バス・地下鉄を乗り継ぎ、烏丸御池へ向かいます。


■夕食
  路地奥にある築70年の町家を改装した「馳走いなせや」。
  通りを少し入ると、そこには家庭的な空間が広がります。

  丹波地鶏料理がメインのお店です。
  鶏の朝じめは刺身で、低温で熟成させた鶏はすき焼きで
  いただくことができます。

  「地鶏干物」、「自家製鶏味噌胡瓜」、「地鶏刺し盛合せ」、
  「極太九条ネギの丸焼き」、「地鶏すきやき」を注文。

  雰囲気の良いお店で、いろいろな鶏を美味しくいただいて
  大満足でした。

  八坂神社西楼門(国指定重要文化財)
  明応6年(1497年)再建



お通し

地鶏干物

  町家への入口

自家製鶏味噌胡瓜

地鶏刺し盛合せ

  極太九条ネギの丸焼き

地鶏すきやき


すきやき後の玉締め


  玉締めを御飯にのせて親子丼風に


■本日のお宿
  「アルモントホテル京都」。
  ホテル法華グループの新しいブランドで、平成24年12月に開業しました。
  京都駅八条東口より徒歩5分。
  「ミシュランガイド関西2014」では★★(2つ星)を獲得。
  和モダンで上質な空間とワンランク上のおもてなしで、
  心安らぐひとときを提供しています。



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